2008年6月30日

慣らし運転完了

やっと慣らし運転が終わた。
6月14日の納車だったので、16日間、約半月で1,000kmを走ったことになる。まぁ、出来るだけ早く慣らし運転を済ませたかったので、無理をして距離を稼いだ面もあるのだが、思った以上に早く達成出来た。

実は、今日の釣行で釣り場と自宅を往復すれば大体975km位にはなるのは判っていた。しかし、オイル交換は一ヶ月点検と同時に済ませれば良いと考えていた。
所が、EveryWagon(以下、エバ)の取扱説明書には、一ヶ月点検料は無料だがオイル代は要るとの説明があって、一方、ネットの掲示板の書き込みによると、そのオイル代がバカ高いらしい。
ハリヤーやその他のトヨタの車の場合は、純正のオイルを車用品店で購入して、ディーラーに持ち込んで交換して貰っていたが、このエバの場合は一ヶ月点検までに半月も残っているし、それよりもなによりも、早くオイルを交換しなければいつまでもエンジンの回転数に気を使う必要があり、それが厭さに無理をして距離を稼いだのであるから・・・・。

と云う訳で、釣の帰り道に最寄のAutoBacs(以下、AB)に寄り道をした。
初めてのオイル交換であるので、オイル・フィルターも当然交換、ついでにフラッシングも・・・。純正のフィルターが置いてるかと思ったが、生憎純正品の取扱いはなかった。
本来なら、このエバが公道を走り始めて最初の交換であるから、保証問題もあるので純正品を使いたかったのだが、ないものは仕方がない。備え付けられている適合表からPIAAのZ-11を選んだ。オイルはカストロールの5W-30を3リットル。そしてフラッシングは、機械で圧力を掛けてオイルを抜くもので、確かスラッジングとか何とか云って、これでエンジン内部が綺麗に掃除出来るそうな・・・。
この3点+工賃で、結局諭吉さんが1枚少々飛んで行ってしまった。
まぁ、やっただけのことはあると思うのだが・・・・・。

さぁ、これで回転数に気を使わなくて済むと思ったら、大間違いだった。
結局、スラッジングすることによって、ピストン・リングとシリンダー壁の間のオイルも全て飛ばしているので、100km位は無理な運転をしてはいけないらしい。
早く、慣らしを終わらせて回転に気を使わずに走らせる積りだったのに、結局、慣らし運転が100km程、延びてしまった次第。
まぁ、これで、エンジンが元気良く活発に回って呉れれば安いものだ?????

2008年6月23日

慣らし運転

EveryWagonを販売店までお迎えに行ったのが先週の14日の土曜日、そして今日で丁度10日目。
現在のオドメーターは503km、受取った時5kmだったので、この10日間で498kmを走ったことになる。
今の車は工作精度も上がっているので慣らし運転は余り必要がないらしいのだが、旧い人間である小生は、やはりしなければ何となく心配になる。

と云うことで、最初の1,000kmまでは、エンジンの回転は3,000rpm以下をキープする積もりだった。

所が、丁度3,000rpmを少し超えた辺りがシフト・チェンジのタイミング。更に、3,000rpm以下だと停止状態からの出足が全くない。さぞかし、後続の車をイライラさせていることだろうと思う。
まだある! このEveryWagonは4速ATなのだが、トップにギアが入っている状態での3,000rpmでは、時速80kmが出るかどうかと云った所で、僅かでも上り勾配だと、ヘナヘナと70km位にまで落ちてしまう。

しかし、3,500rpmまで回すと様子が少し変わって来る。この辺りでターボが効いて来るのかも知れないが、今は慣らし運転中。アクセルを踏みたくなる気持ちをグッと堪えて、一番左の車線をトロトロと走っている。

さて、昔々はエンジン周りも弄くって楽しんでいたのだが、排気ガス規制が強化されて以来素人がエンジン周りに手を出すことは出来なくなってしまった。加えて日本車の場合は至れり尽くせりで、何処も触る必要はなかったし、出来るだけオリジナルの状態を保つ様にしていた。こんな状態がズーット続いていたのだが、このEveryWagonは一寸様子が違う。
マスクは目一杯ハデハデだし、ハンドルは細くて頼りない、時計はない、増してや温度計など望むべくもないetc、etc。
果たして皆さんはどうしているのかと思ったら・・・、結構弄くり倒している見たい。ワイパースイッチをTOYOTAのファンカーゴの物に取り替えただとか、フロント・グリルに手を加えただとか・・・、色々と楽しんでいる様子。

と云う訳で、小生も色々と手を入れて楽しんで見ようと思う。
いつまで楽しめるか判らないが、EveryWagonを弄くり倒すことを前提に、「車の部屋」を増築することにした。

2008年6月 1日

車の買換え

車を買い換える事にした。
今のPASSAT V6 4Mに不満があった訳ではない。輸入車にしては巷間で云われている様な不具合もなく、寧ろ、乗る程に気に入っていた。
不満点と云えば、エンジン音位。昔乗っていたGOLF VR6のモーターが回る様な音を期待していたのだが、同じV6エンジンでもこの点は期待外れだった。と云っても、決して耳障りな音ではなく、国産車にはないシットリとした良い音ではあった。
では、何故買い替えることになったのか?

実は、2年前に定年を迎えていたので、とっくの昔に毎日が日曜日を楽しんでいる筈だったが、1年毎頼まれて結局3回も延長されてしまい、現在に至っている。しかし、その延長も最後? いよいよ来年には退職することになった。詰り無職になり年金生活に入ると云うことである。

その様な所得がなくなる時期に、2回目の車検を迎え大きな額を負担しなければならないし、これまでの調子が良かっただけに、そろそろ故障が出て来る心配があった。故障した場合の部品代や工賃は、国産のものと比べて遥かに高い。部品の交換には特殊工具が必要な場合が多く、素人が簡単に手を出すことが出来ず、高いことは分かっていてもディーラーに出さざるを得ない。
要するに、金が入らない時に金喰い虫を養わなくてはならない状況になる公算が大である。

そんな事は、PASSATを購入する時に、きちんと考慮した上で決めたことであり、何を今更と云う感がある。しかし、車の使い方が予想とは一寸違っていた。
今、この車の使い方はと云うと、週一回の釣りが中心で殆どが一人乗車である。家族と同乗する時と云えば、年に2-3回の墓参り位なものであろうか・・・。

高額な維持費に比べて利用度が低いことが買換えを考える切っ掛けであった。
買換えるに当たって候補車は何?
PASSATの使い方から云って、これは当然釣行が中心となるので釣り道具を積み込めなければならない。更に加えて維持費が激安でなければ、買換えを検討する意味がない。と云うことから、軽四輪のミニバンが最有力候補となった。所が、値段をチェックするとこれが意外に高い。1,400千円から1,700千円もする。小型が充分に狙える額である。
これに反して、売却すべきPASSATの値段が予想以上に低い。最近のガソリン価格の急騰を受けて、燃費の悪い輸入車の中古車相場が下がっているのが理由の様だが、車買取店のガリバーに見せると、何と1,000千円だと云う。謳い文句である高額買取を信じていた訳ではないが、これには参った。

5月の中旬に、思いついて会社帰りにスズキに立ち寄って、下取り価格を出して貰うと、5月中を条件に1,200千円で取って呉れると云う。
車としてはダイハツのATRAIに興味があったが、ダイハツの販売店にATRAIの中古車についての照会メールを入れても、音沙汰もなかったので、その時点でダイハツは落選としていた。
と云うこともあって、スズキのEVERY WAGONに決め本格的に交渉に入った。

車両代に諸々の税金や手数料などに加えてナビを付けると、総額は約1,900千円。
この様な高額の買い物をするに、当然のことながら、我が家の大蔵大臣の認可を得る必要がある。早速、状況を縷々説明し一旦は認可を取付けた。しかし、大蔵大臣としては、700千円もの追加出費をしても買換える必要があるのかが、引っ掛かっている様子だった。
この点は、当の本人=私も同じ思いで、幾ら将来の出費を減らすためとは云え、綺麗なスタイル、豪華な皮シート、心地良いエンジン音等を諦め、しかも、車格としては数段も下がる軽四輪にすることに多いに抵抗があった。恐らく、この時私の心の片隅に、折角好きな車に乗っているのだから乗り続けたら・・・。先の費用負担は何とかなると云って呉れるのを期待する気持ちは、正直に云ってあったと思う。しかしながら、我が大蔵大臣としては、ある意味で当然のことながら、将来の負担を軽減し、尚且つ、追加支払いも抑えたいと考えたのであろう、暗に中古車を含めた安い車を提案する様な発言をして来た。
かくして、スズキとの交渉は一旦ご破算にした。

スズキの云う期限ギリギリの31日の土曜日の夕方になって、本格的な価格交渉はしていなかったので、何処まで値切れるかやって見ようと考え、17:00頃に出向いた。
交渉の結果、こちらの希望通りのナビやETCをセットした出来上がり価格を10万円引下げる条件が出て来た。一方、下取り価格の方は、6月以降のガソリン価格の大幅上昇を背景に輸入中古車の相場が崩れており寧ろ下げて欲しいとの言葉に納得出来るものがあったので、10万円値引きを持ち帰った。つまり、追加支払いは60万円となった訳である。

まぁ、考え方は色々とあるだろうが、180万円の軽四輪と思わずに、60万円の軽だと思うことも可能ではないだろうか? PASSATには残債はなくその支払いは既に過去の出来事なのだから・・・。

翌日の日曜日、10:00にPASSATを引渡すため販売店に赴き、最終の詰めに入った。
と云っても、価格交渉はせず、付属品などの確認。
イヨイヨ注文書が出来上がり、印鑑を押す段階になっても、何か躊躇われるものがあったし、スズキが用意して呉れたWAGON-Rに乗っても、家に帰り着いても、寂しい思いは消えなかった。

翌日の月曜日の早朝、WAGON-Rの後部のシートを全部倒して釣り道具を積み込んで釣りに出掛けた。
先ず、出足が悪い、シートの座り心地が良くない・・・・・。悪い所ばかりが目に付いて仕方がなかった。しかし、不思議なもので、釣の帰りには、これはこれで良かったと思える様になって来たし、今では新しいEVERY WAGONの納車を楽しみに思えるようになって来た。

2007年4月21日

二輪免許

今、二輪免許を取ろうと考えている。

何故、この歳になって二輪免許なのか?
釣行に便利と云うのが直接の動機である。

先ず、漁港付近は道幅が狭い所が多いことに加えて駐車スペースも少ない所が大部分である。従って、駐車スペースを確保するために前の晩から出発することも多い。
次に、ガソリン代や道路代が安く上げられる。
人生は皮肉なもので、金に余裕のある壮年期は仕事が忙しくて時間がない、仕事から解放され時間に余裕が生まれる老齢期には金に余裕がなくなると昔からよく云われている。つまり、老齢期は、入るを図ることは出来ないのであるから、出るを人一倍制しなければやって行けないことになる。

小生は団塊の世代人ではないけれど、来年には毎日が日曜日の身分となる。漸く束縛から逃れ、時間はたっぷりと手に入れることが出来、残された人生を謳歌しようと楽しみにしているのに、ガソリン代や道路代、駐車料金などが気になって、釣行回数を減らさなければならないのは、何とも悲しいことではないか?
40年近くもの間、愚痴も云わずにサラリーマンを続けて来たのだから、人生の終盤は好きなことを存分にやっても、バチは当らないのではないか?
しかも、体の自由がある程度残っているこれからの10年位のものである。
これを贅沢と云うのだろうか?

実は小生が自動車運転免許を取得したのは今から40年以上も昔のことである。当時の免許は二輪も四輪も関係なく今で云う普通自動車以下は運転資格があった。従って、敢えて二輪免許を取る必要はない筈なのだが、仕事の関係で29歳の時に海外駐在となり、5年後の34歳の時に帰国した。
その際の日本の免許と彼の地の免許との切替は、国際運転免許を仲立ちとして行った。つまり、
(1)日本の免許 ⇒ 国際免許 ⇒ 海外現地の免許 ⇒ 国際免許 ⇒ (2)日本の免許
の流れを辿った。
ここで問題なのが、(1)(2)の免許証の内容と云うか、運転資格が違ってしまったことである。
何故、運転資格が変わってしまったのか?
それは、海外赴任中に、日本の運転免許制度が大きく変わったしまったことが原因である。それまでは大雑把であった運転資格の区分が変更され、四輪と二輪が分けられたのである。
海外勤務が無ければ当然(1)の免許証を使い続けていた筈であるし、免許制度が変わろうと既得権として二輪も運転出来たのである。所が、帰国して手にした(2)の免許証は、普通四輪、軽自動車、原付しか運転出来ないものになっていた。

切替に際しては、パスポートの他、(1)の免許証、海外現地の免許証、国際免許証を提示し、色々と事情を説明した。しかし、当局の説明は、(1)の免許証は更新されなかったので、既に失効している。一方、(2)の免許証は、全く新規に交付された免許であり、運転資格も新しい道路交通法に基づくものである。実技試験や筆記試験がないのは、国際免許からの切替であるので、免除されただけとの説明であった。
その当時は、二輪を運転する気は余り無かったので、割り切れなさは残ったものの引き下がった。

と、まぁ、こう云う訳で二輪免許が必要なのだが、今取得しようとしているのは、400ccまで運転可能な普通二輪である。実際に購入しようと考えているのは、250ccの所謂ビッグ・スクーターである。これならば高速道路の走行が出来るし、燃費も良い。車検の必要もないので、経費面はかなりの節約が出来る。難点は、雨と寒さだろうが、時間がたっぷりあるのだから、何も条件の悪い時に釣行することもない。

しかし、家族は「危険だから」と云う理由で反対している。
四輪は、危険ではないのだろうか?
自転車は?

さぁ、家族の反対を押し切ってでも、二輪免許を手に入れるか・・・・、思案中である。

2007年4月11日

迷惑コメント

この所、迷惑コメントが多数貼り付けられていて、文字通り迷惑千万この上なしである。

ブログで道楽の部屋を開設する以前のことだが、自分のHPにメール・アドレスを公開したことがあった。部屋に来て頂いた方々とのコミュニケーションを取るのが目的だったが、その様なメールは殆ど寄せられることがなく、替わりに、迷惑メールの嵐に遭遇したので、慌ててアドレスを非公開にした。

その後、この男の道楽の部屋をMovableTypeのブログ版に移植した。
その際にも迷惑トラック・バックで悩まされたことがあった。そのトラック・バックも、所謂、H系のもので、元々あるとは云えない様な品位だが、これ以上下がるのも厭だったので、不本意ながら、トラック・バックを受け付けない設定をしてシャット・アウトした。
その結果、善意でトラック・バックを貼りたいと思われる方には、ご迷惑をお掛けすることになった。只、小生のこんなブログにトラック・バックを貼ろうとなさる方は、事実上殆どないに等しい故、実害はなかっただろうと思う。だが、トラック・バックと云う便利な機能が使えなくなったことは確かなことだ。

で、問題は迷惑コメントである。MovableTypeではコメントをシャット・アウトする機能もあるのだが、コメントを受け付けなくする設定は、ブログの趣旨に反するし、道楽の部屋に来て頂いた方とのコミュニケーションを取る場としても、コメントを付けられなくする設定はする積りはない。
そこで、もう一つの機能である迷惑コメントの設定をしている。この機能を使って迷惑コメントとしてマークを付けると、次回コメントが付けられた時にその発信人から迷惑コメントかどうかの自動的に判定するとのことだが、敵も去るものでそのゲートを掻い潜って来る。
そこで、最近では、最低限、一日一回は駆除する様にはしているが、イタチとタヌキの追い駆けっこ状態で限がない。この部屋に来て頂いている方々に迷惑が及んではいないかと、気になって仕方がない。
世の中には、迷惑メールを大量に送りつけたり、この様な迷惑コメントを貼り付けたりしてニヤついている輩が大勢いるようだが、凡人の小生には何を目的にこんな非生産的なことをするのか、理解が出来ない。

この様な才能を生産的なことに振り向けて呉れれば、と願うのは小生ばかりではないだろう。

2007年1月24日

地球の温暖化

今年は暖冬だと云われている。
確かに、今冬は夜釣りをしていても、寒くて我慢が出来ないって云う状況にはなったことがない。真冬だからそれなりの防寒対策はとっているが、昨年とそれ程変わったはいない。にも拘らず、場合によっては、少し汗ばんで仕方がないこともある。
もう少しレンジを長く取って子どもの頃を思い起こして見ると、この東京でも、今よりもズット雪が降ることが多かったし、北風が冷たくて仕方がないことが多かった様に思う。
これも地球温暖化の影響だろうか?

小生自身のボーズ連続記録は別として、今冬は、三浦でも伊豆でも、少なくとも小生の行動半径内の釣り場でのアオリ釣果は余り芳しくはない様だ。WEB等を見回っていると、結構釣果を上げている人もいる様だから、ムラが大きい、あるいは、安定していないと云った方が正しいのかも知れない。これなんかも、ひょっとして、温暖化の影響があるのだろうか?

所で、地球温暖化と云えば、我々が排出する二酸化炭素などの温室効果ガスの増加が原因であり、その削減が全地球的な課題であるかの様に云われている。このまま温暖化が続けば極地の氷が融け出し、海水面が上昇、気候変動、洪水・旱魃など我々の生活に重大な影響があり云々と、温暖化が悪い物の様に云われている。

この二酸化炭素犯人説に、真っ向から異を唱えている東京工業大学 理学部地球惑星科学教室の丸山茂徳教授をご存知だろうか?
この教授の説は、http://www.moriyama.com/netscience/Maruyama_Shigenori/に紹介されているので、そちらをご覧頂きたいが、簡単に云うと、全地球史の観点から現在を見ると、我々がいる現代は寒冷化に向かっている途中にあるらしい。人類は産業革命以降、化石燃料を焚いて二酸化炭素の排出量を増やして来たが、それによる効果は、地球の寒冷化に少しだけ抵抗しているに過ぎず、二酸化炭素の増加がなければ気温は急降下していただろう、と云うもの。地球の気温変動は、20年で10数度も変化した時もあった程、実は非常に振幅が大きくて、最近の1万年間は異常な位に気温が安定していた。人類の歴史はこの安定期にあるので、少し気温があがっただけでも異常気象だと騒いでいるに過ぎない。
気候変動を考える場合は、時間と空間のスケールを大きく取らないと、本質を見誤ってしまう。

なる程、今盛んに唱えられている温室効果ガスの犯人説は、ひょっとすると木を見て森を見ていないのかも知れない。
結論は、どちらにしても小生の生きている間には出されることはないだろうが、知りたいものである。

2005年6月10日

禁煙

  実は、今、私は煙草を吸っていない。 3月の初めからであるから3ヶ月間になる。 あれだけ「嫌煙運動」に対して反発していたのに、何故???????

  ある時、右上の奥歯の歯茎が腫れて痛み出した。 生来医者嫌いなので、ぐらついているその歯を自分で抜いてしまった。 これで一安心と思ったら、今度は左上の奥歯が痛み出した。 虫歯になったことがないため歯医者に行った経験がなく、加えて、医者嫌いである私も、この時ばかりは歯医者に行って見て貰うことにした。
  行くと早速レントゲンを撮られ、診断の結果「歯周病が進んで歯槽膿漏になって、骨がなくなっている」と云われ、左上の歯は呆気なく抜かれてしまった。 これが去年(2004年)の3月のことである。 それ以来、毎週歯医者に通って治療をして貰い、もう1年を過ぎてしまったのだが、治療に行く度に『「禁煙」をしろ』と医者に云われていた。 ニコチン摂取により血行が悪くなることに加えて、ヤニで不潔になり易く、治るものも治り難くなるのが理由とのことだった。
 
 40年も吸い続けて来た煙草を歯医者なんぞに云われただけで、止める気にもならず、軽く受け流していた。
 が、ある日「止めて見ようかな・・・」と、ふと思った。 
 何故か自分でも解からない。 「魔」が差したのかも知れない。 

 そしてその日、歯科医院の帰りに薬局に立ち寄って「ニコレット」なる禁煙補助剤を買い求めた。 「ニコレット」はニコチンを含ませたガムだと思えば良い。 これを噛んでいると、ニコチンが徐々に溶け出して口内粘膜を通して吸収されるから、ニコチン中毒の禁断症状を緩和する効果があると云うことらしい。 そんな効果を信じた訳ではないが、兎に角普通のガム替わりに噛んでいると、不思議なことに煙草を吸いたくなる時間的間隔が長くなるのに気が付いた。
 「ウン? 効果がある!?!?」

 私はその頃、日に30?40本の煙草を吸っていた。 しかし、本当にニコチンが欲しくて吸っているよりは「習慣」で吸っている方が多いと予てから思っていた。 そこで、この習慣で吸っている煙草を減らして見ようと考えた。 例えば、今までであれば、家を出て最寄の駅に行くまでに1本、東京駅に着いた時に1本、地下鉄を降りて職場に着くまでに1本、職場について自分の座席に着くまでに1本・・・。 何と、朝家を出てから仕事を開始するまでに4本の煙草を吸っている勘定になる。 これを、家を出て最寄の駅に着くまでには吸わない習慣にすれば良いのである。 東京駅に着いても吸わない習慣、地下鉄を降りて職場に着く間に吸わない習慣・・・・。 と考えると、比較的気楽に減らすことが出来るだろうと思えた。 但し、この時、私の背広のポケットには煙草がなかったか、と云うと、実は常に持っており、吸いたい時は吸っていた。 しかし、「吸わない習慣」を意識し、「ニコレット」を噛んで喫煙と喫煙のインターバルを長くすることによって、本数はかなり減っていた。

  禁煙を始めるに当って、周囲に「宣言」をして自らにプレッシャーを与える人も多いらしいが、私は人知れず決め、人知れず始めた。 あの歯医者にさえ告げなかった。 禁煙を貫徹する自信がなかったからかも知れないが、寧ろ、「禁煙」などと大上段に構えず、「やって見よう」と云った軽い気持ちだったことの方が当っている様に思う。 そして、3ヶ月経過した今でもこの気持ちは変わっていない。 現時点でも「禁煙」していると云った意識はない。 「今は、煙草を吸っていない」だけだと思っている。

  3ヶ月前は、喫煙習慣を減らすことを意識していた。 今は、その意識は殆どなくなっている。 が、時に「吸いたい気持ちが強くなる」場合がある。 例えば、魚が釣れなくて、気分転換に煙草を咥えた人を見た時等。 寧ろ3ヶ月前よりは吸いたくなった時の欲望は強まっているかも知れない。 が、それも一瞬でなくなる様になって来た。 止めようと云う気持ちよりも、「折角吸わない習慣が出来つつあるのに、勿体無い」と云う気持ちになって来た。 こうして、時間の経過と共に、「煙草」に対する意識は徐々に消えて無くなって行くだろうと思う。 そうなった時に初めて「禁煙宣言」をしようと思う。

2004年8月13日

外来語

 つい2ヶ月前の6月に、国立国語研究所が3回目の『「外来語」言い換え提案』を行った。確かに、カタカナ語が氾濫している様に思える。ひどい例では、ちゃんとした日本語があるにも拘らず、わざわざカタカナ語に置き換えているものさえ見掛ける。日本文化を大切に守って将来へ残そうとするこの研究所のこうした提言を小生は歓迎するが、所が、この研究所のホーム・ページにある9件の新着情報を見ると、フォーラム、コーパス、ブックレット、ダウンロード、アンケート、データと6つの外来語が使われている。流石にこれらの外来語は、過去3回の言い換え提案に挙げられていないので、現時点では使用して差し支えないのかも知れないが、何か違和感を感じてしま
う。

 この研究所の他、国語審議会でもカタカナ語についてかなり以前から問題視し、提言を行っているが、ここでは、小生の意見を誤解を恐れずに発表させて頂く。

 日本でパソコンが世に出始めた頃の『I/O』、『ASCII』等のパソコン雑誌は、それこそカタカナ語ばかりの文章であった。主語や形容詞、述語がカタカナ語、助詞だけが日本語の文章がずらりと並んでいた記憶がある。コン
ピュータに興味を持ち始めた小生はこんな雑誌を片っ端から読んだが、意味がさっぱり理解出来なかった。例えば「コンピュータをリセットする」と云う簡単な文章を例にすると、「コンピュータ」は英和辞書では「計算機」の訳が付けられているが、何故「計算機」なのか理解が出来なかった。表計算ソフトの様に自分で明示的に計算式を
入力し、その結果を表示させる場合等はそれ程違和感を持たなかったが、ゲーム等で、弾丸が飛んで行く様(さま)や標的に当たって爆発する様子を見ても、「計算機」には中々結び付かなかった。しかし、「コンピュータ」は具体的な物体として目の前に存在しているので、「計算」の概念と結び付かなくても未だ理解し易い方であった。これに対して「リセット」は理解し難い。先ず、英語の綴りを類推し、辞書を見ると「再び置く[据える、はめる、組む]、(活字)を組み直す」と訳がある。従って、「コンピュータをリセットする」を和訳すると「計算機を再び置く・・・」となり、意味をなさない。何度か同じ文章に出くわしている内に、何となく意味合いが解かって来るようになり、今では当たり前の様に使っているが、独学の悲しさで大きく回り道をしたことになる。

 結局、カタカナ語が氾濫している現在は、これと同じ状態に社会全体が陥っているのではないだろうか?カタカナ語を口にしている本人も意味が良く解かっていないまま使い、一方、その言葉を聞いた本人も良く理解していない。お互いに何となく解かった積りでいる。

 職場で仕事に関係する情報を読んでいると、「今週は目立ったサプライズがなかったので・・・・」と云う文章に出会った。日本語で云うなら「驚くべき事実」とでも云うべき所を、この著者は敢えて「サプライズ」と云う言葉を使っ
ているからには、何か特別な意味合いを持たせているのかと思ったが、その文章を読み進んで行く内に、単なる恰好付けでしかないことが解かった。結局、中身の薄さを表現方法で補おうとする技術的な意味合いでしかなく、以降この著者の文章は読む気がしなくなった。

 しかし、問題は、こう云ったカタカナ語の使い方が「新鮮で恰好が良い」と思われ、世間に広まることにある。私たち日本人は、明治以降積極的に、あるいは貪欲的に西洋文明を取り入れ消化し自分のものにして、現在の繁栄を築いて来た。日本人の柔軟さ、優秀さを表すものとして自慢して良いと思うが、残念なのは、その文明を日本語で表現する努力を怠って来たことである。日本語には、表意文字である「漢字」と表音文字である「平仮名」と「片仮名」があるので、その使い分けをするだけで事足りたと云う側面は否定出来ないが、これだけカタカナ語が氾濫している状況を見て眉を顰めたくなるのは小生だけではないと思う。

2004年7月12日

化粧

 「化粧は女のたしなみ」、昔から云われて来たことである。でも電車の中でする化粧であっても「女性のたしなみ」なんだろうか?

 小生は、地下鉄の丸の内線を使って職場に通っている。朝は東京駅から池袋駅、帰りは池袋駅から東京駅へと、幸い普通とは逆方向に向かうので、ラッシュ時であっても先ず座れないことはない。先日も職場からの帰り、例によって丸の内線の池袋駅から東京駅に向かう地下鉄に乗り、出発時刻を待っていた所、真向かいの席に若い女性が座った。

 この若い女性は、着席するなり手鏡と化粧品を取り出し化粧を始めた。「あぁ、またか」と思っていると、下地の塗りに始まって口紅、目張り等々、バッグから次から次へと化粧品を取り出しては、手鏡に向かって百面相をするものだから、ついつい興味を持って眺めていた。この女性の様に大きなバッグを持っている女性を多く見掛けるが、皆化粧道具一式を持ち歩いているのだろうか?
「化粧」とは自身の顔をキャンバスにして絵を描く様なものだと解かって、勉強になったが、揺れる電車の中で筆を乱さず描く技術に感心すると同時に、目を突いたりしないだろうか?などと人事ながら心配までしてしまった。

 これまで、何度も電車の中で化粧をする若い女性を見掛けて来たけれど、共通点がある。先ず、顔を構成する目や鼻等のパーツの形や付け所に一寸難のある女性が多いことと、品のない顔立ちと共に化粧そのものが下品なことである。こちらが振り返りたくなる程の女性であったことは一度もない。目の前の若い女性も立派にこの条件を満たしていたが、これから彼氏に会うのだろうか?この彼氏は、電車の中で化粧をしていることを知っているのだろうか?知ったらどうするだろうか?その女性からすると「余計なお世話」だろうけれど、考えるともなく考えてしまった。

 結局、この若い女性は、池袋駅から東京駅の一つ手前の大手町駅までの約20分間、念入りに化粧をしていた。化粧が終わって、次にバッグから取り出したのが、意外と云ってはこの女性に失礼かも知れないが、「日経新聞」であった。
電車の中で、人目もはばからずに化粧をする感覚と、日経新聞を読む感覚・・・・・????
大いなる違和感を覚えた。

 こんな女性に一言云ってやりたいね。「念入りに化粧をしてご苦労様。本当に自然な化粧ですね。化粧をしたかどうか全然判らないもの」って。
 こんな女性でも、これから結婚して子どもを持つことになるんだろうけれど、どんな教育をするんだろうか?
 追跡調査をして見たい気持ちになった。

2004年6月30日

愛煙家の独り言

 2002年7月に成立し、2003年5月1日から施行された「健康増進法」によって、「たばこの喫煙問題」つまり「受動喫煙」 が俄かにクローズ・アップされて来た。即ち、同法25条では、 「不特定多数の人が集まる施設の管理者に受動喫煙を防止するために必要な措置を講ずるよう努めなければならない」と規定され、学校や病院、 官公庁、飲食店、商店、ホテル等の施設や鉄道車両、バス等の公共の乗り物などで喫煙することが全面的に禁止された。

  これはこれで結構なことだと思うが、 実際面の運用に当たって少々極端過ぎるのではないかと思える場面が多数ある様に感じる。日本人の真面目さと云うか、融通のなさと云うか、 余裕のなさと云うか、極端さの表れと云うか、特性だから仕方がないかも知れないが、真面目の前に何か一文字付くのではないだろうか?

 例えば、駅のホームの喫煙場所は、ホームの外れに置かれて喫煙者しか集まらない様な非常に不便な場所に設置されている。 愛煙家諸氏はこれに異を唱えることもなく、唯々諾々として受け入れて来た。ギュウギュウ詰めの電車に揺られて着いた駅で、 フッと息を付く僅かな時間を楽しんで来た。しかし、これも5月以降、7:30?9:30の間は禁止されてしまった。 嫌煙者が近付くことのないホームの外れであって、受動喫煙の可能性が殆どない状態にも拘わらずである。もし仮に、嫌煙者がこの場所に近付き 「受動喫煙云々」と云うなら、これは愛煙家に対する「嫌がらせ」と云うしかないだろう。それにも拘わらず、嫌煙者の意見のみが、 一方的にまかり通っている様に思えるのは、愛煙家のヒガミだろうか?

  東京都では、路上喫煙も禁止している区が増えて来ている。勿論、人通りの多い路上では喫煙しないことや、 吸殻のポイ捨てをしないことはマナーとして愛煙家が守るべきものであることに違いはないが、戸外も禁煙、 喫茶店の様な人が集まる屋内も駄目となると、紫煙を楽しめる場所は事実上皆無となってしまう。これでは、嫌煙権以前に人権問題ではないか?

  同じことが家庭でも行われている。今までは茶の間で吸っていても全く問題とならなかったのが、 台所の換気扇の下でしか楽しめなくなり、次にはベランダが喫煙場所として指定され・・・・。 愛煙家諸氏はこれまで以上に肩身を狭くして遠慮しながら、一服の紫煙を楽しんでいるにも拘わらず、恰も官軍の様に「これでもか、これでもか」 と攻め立てて来る。家庭は港であり、息抜きの場所であり、明日への活力を得る場所である筈であるが、これでは家庭としての機能はなくなる。 仕事に疲れて帰って来たご主人が疲れを癒す為に2?3本の煙草を吸っている時は、「臭い」と云ったり、「咳」をしたり、露骨に「厭な顔」 をしたりするのではなく、そっと別の部屋に行くなどする位の気の使い方があっても良いのではないだろうか? こう云った気遣いが本当の意味での「優しさ」だろう。

  駅でも、街でも、家庭でも「煙草を吸わない人たちに配慮を・・・」と云う言葉が繰り返されている。 では、 これだけ遠慮している愛煙家に対する配慮はどうなっているんだ、一方的に過ぎないか・・・・と云いたい。  だから故に、 嫌煙者の意見を一方的に押し付け、愛煙家に対する配慮が見られない内は、小生は煙草を止めようとは思わない。