2010年1月31日

第三期人生の一ヶ月

小生は、人生を三つに分けている。
最初の期は、生まれてから大学を卒業するまでの期間で、社会人となるための基礎勉強の時期である。 第二期は、社会人として活動る期間、つまり、小生の場合は40数年間のサラリーマンとして働いて来た期間。 そして最後の第三期は、現役を引退しお迎えが来るまでの期間を云っている。(2010/02/01追記)

今日は1月31日。

隠居生活第三期人生が始まって丁度一ヶ月が経った。
それまでのサラリーマン人生とは全く環境が異なる生活に入って、人によっては調子を崩すケースもあるらしいが、小生は・・・・・?

小生は調子を崩すどころか、かつて何処かのプロ野球の選手の口癖ではないが、絶好調

その理由は・・・と考えて見ると、先ず第一に、自分の好きなことばかりを考えておれば良く、責任感から来るストレスは全くないのが最大の理由じゃないだろうか。

次に生活のリズムを余り変えていないことがあると思う。 起床時刻は7:00と現役時代より1時間程、就寝時刻も若干遅くなり、活動時間帯が1時間程後ろにずれ込んだだけ。 更に、土日祝祭日もなく毎日、道楽の部屋に出勤(?)していることも、リズムを変えないことに繋がっている筈だ。

道楽部屋に入ってしまえば、口煩い山の神の顔を見ずに済むし・・・・・。

実は、これが絶好調の最大の理由だったりして・・・・(笑)。

2009年12月28日

最後の出勤日

いよいよ、最後の出勤日になりました。
23歳で就職をして以来今日まで40年間・・・・。 永かったと云えば永かったですが、やっとその日になりました。

しかし、何故だか、全く実感が全く沸いて来ません。

と云う訳で、明日からは就学期サラリーマン期を経て第三期の隠居生活の始まりです。 これを人は熟年期と云う様ですが、自ら熟年と云える程、自分自身に対する自信も持ち合わせておらず、ただ、いたずらに歳を重ねて来た結果、その歳を迎えたと云うのが実情ですので、実感が沸いて来なくても当然のことかも知れません。

普通であれば、ここで過ぎ去りし40年を振り返って、となるのでしょうが、過去の思い出に浸っていても仕方がないですし・・・・。

さて、明日からの隠居生活は、好きな釣り鉄道模型に打ち込めるバラ色の人生になることを夢見ていましたが、どうやらその前に老々介護の問題が出て来ました。 と云っても、介護は自分を産んで呉れた親への最後の孝行ですし、何年か後には自分自身が子供に面倒を見て貰うことになる必要も出て来るかも知れません。 つまり順番ですし、しかも、時間は現役時代と違ってたっぷりとあるのですから、心を込めて介護をし、息抜きに釣り鉄道模型を楽しもうと考えています。

今年も、今日を含めて残す所4日になってしまいました。
この1年間、駄文にお付き合い頂き、本当に有難うございました。
又、来年もお付き合い頂ければ、大変嬉しく思います。
それでは、良い新年をお迎え下さい!!

2009年12月11日

最後の定期券

遂に、最後の定期券の期限が来ました。 IMG_02310.jpg
昭和43年にサラリーマンになって以来、海外での勤務の5年間を除いてズーッとお世話になって来た定期乗車券です。
持主である小生の退職より2週間ほど早いのですが、もう、定期券を買うことはないでしょう・・・。

2009年9月25日

介護問題

前回の更新が8月3日だったので、2ヶ月近くも間を空けてしまったことになる。

実は、8月17日に87歳になる母親が入院したことが原因であった。
原因は食欲不振から来る極度の衰弱で動けなくなったことだったが、入院中に尿路感染症、敗血症そして敗血症から来るショックで一時期は脈拍が30、血圧の高い方で60前後にまで落ち込み、非常に危険な状況だった。その後、急速に回復し、現在は介護老人保健施設に入り入院中に弱った足腰の機能回復のためのリハビりをして貰っているが、兎に角、この1ヶ月余りの間は落着かない日の連続で、バイクの免許取得も釣りも何もかも棚上げにせざるを得なかった。

実は、高齢の母親がいるにも拘らず、非常に元気であったので、介護はまだ先のことと余り関心を持っていなかった。しかし、入院先の病院では、横浜市の介護制度に関する概略の説明や施設などの紹介等もあって、介護について強く意識させられると同時に、非常に有難く感じたのだが、その一方で、病気が治ると直ちに退院せよと迫って来る。病気を治す施設が病院であるので、病気が治れば当然、と云う理屈は、尤もだと思うが、そのギャップの大きさに違和感を感じさせられた。

高齢者が退院後に戻る先は、と云うと、本来的には『自宅』であるべきだろう。しかし、多くの高齢者の場合は、寝た切り状態が例え2-3日の間だけであっても続くと、足腰が驚く程弱ってしまうと云われている。足腰以外にも、入院が切っ掛けとなって認知症が急速に進んでしまうことも多いらしい。従って、理由は様々だが、真っ直ぐに自宅に戻れない場合も多く、その場合の受け入れ先は、介護老人保健施設介護療養型医療施設特別養護老人ホームの他民間が運営する所謂老人ホーム等の施設になる。
従って、病院がこの様に介護制度の説明を行ったり、施設の紹介をするのは介護問題に対する仕組みとしては甚だ頷けるものだと思う。問題は、それらが有機的に機能しているかどうかである。

今回の母親の入院を切っ掛けとして図らずも介護問題に直面することになったが、有機的に機能しているかどうかについては、残念ながら否定的な印象を強く持っている。

詰まり、自宅以外の受入れ先としての施設は沢山存在するのだが、実際問題として『空き』がないのが現状だし、仮に『空き』があっても受け入れて貰えるかどうかは、その施設の審査結果によるのである。

先ず、『空きがない』点についてであるが、介護老人保健施設について云えば、本来的には入所期間は1-3ヶ月とされているし、介護療養型医療施設の場合は6ヶ月が最長期間とされている。従って、これらの施設の入所者は、自宅に戻らない場合や最終受入れ先である特別養護老人ホームに入所出来ない限り、3ヶ月乃至6ヶ月毎に次の入所先を探し回らなければならない介護難民となる以外にないのである。施設によっては、やむを得ず期限延長に応じている所もあり、場合によっては、それを売りにしている施設も存在している。その結果として、慢性的に満室状態が続くことになる訳である。

次に、『受け入れて貰えるかどうか』であるが、本人の要介護度の高低や性別等がその施設の方針に合わない場合は、受入れて貰えない様である。施設側は、この点の明言を避けていたが、ニュアンスとしてどうもこの様である。詰まり、本人は選ぶ側ではなく選ばれる側にあると云うことである。

と云う訳で、介護問題を強く意識させられた1ヶ月余りだった。

2008年6月30日

慣らし運転完了

やっと慣らし運転が終わた。
6月14日の納車だったので、16日間、約半月で1,000kmを走ったことになる。まぁ、出来るだけ早く慣らし運転を済ませたかったので、無理をして距離を稼いだ面もあるのだが、思った以上に早く達成出来た。

実は、今日の釣行で釣り場と自宅を往復すれば大体975km位にはなるのは判っていた。しかし、オイル交換は一ヶ月点検と同時に済ませれば良いと考えていた。
所が、EveryWagon(以下、エバ)の取扱説明書には、一ヶ月点検料は無料だがオイル代は要るとの説明があって、一方、ネットの掲示板の書き込みによると、そのオイル代がバカ高いらしい。
ハリヤーやその他のトヨタの車の場合は、純正のオイルを車用品店で購入して、ディーラーに持ち込んで交換して貰っていたが、このエバの場合は一ヶ月点検までに半月も残っているし、それよりもなによりも、早くオイルを交換しなければいつまでもエンジンの回転数に気を使う必要があり、それが厭さに無理をして距離を稼いだのであるから・・・・。

と云う訳で、釣の帰り道に最寄のAutoBacs(以下、AB)に寄り道をした。
初めてのオイル交換であるので、オイル・フィルターも当然交換、ついでにフラッシングも・・・。純正のフィルターが置いてるかと思ったが、生憎純正品の取扱いはなかった。
本来なら、このエバが公道を走り始めて最初の交換であるから、保証問題もあるので純正品を使いたかったのだが、ないものは仕方がない。備え付けられている適合表からPIAAのZ-11を選んだ。オイルはカストロールの5W-30を3リットル。そしてフラッシングは、機械で圧力を掛けてオイルを抜くもので、確かスラッジングとか何とか云って、これでエンジン内部が綺麗に掃除出来るそうな・・・。
この3点+工賃で、結局諭吉さんが1枚少々飛んで行ってしまった。
まぁ、やっただけのことはあると思うのだが・・・・・。

さぁ、これで回転数に気を使わなくて済むと思ったら、大間違いだった。
結局、スラッジングすることによって、ピストン・リングとシリンダー壁の間のオイルも全て飛ばしているので、100km位は無理な運転をしてはいけないらしい。
早く、慣らしを終わらせて回転に気を使わずに走らせる積りだったのに、結局、慣らし運転が100km程、延びてしまった次第。
まぁ、これで、エンジンが元気良く活発に回って呉れれば安いものだ?????

2008年6月23日

慣らし運転

EveryWagonを販売店までお迎えに行ったのが先週の14日の土曜日、そして今日で丁度10日目。
現在のオドメーターは503km、受取った時5kmだったので、この10日間で498kmを走ったことになる。
今の車は工作精度も上がっているので慣らし運転は余り必要がないらしいのだが、旧い人間である小生は、やはりしなければ何となく心配になる。

と云うことで、最初の1,000kmまでは、エンジンの回転は3,000rpm以下をキープする積もりだった。

所が、丁度3,000rpmを少し超えた辺りがシフト・チェンジのタイミング。更に、3,000rpm以下だと停止状態からの出足が全くない。さぞかし、後続の車をイライラさせていることだろうと思う。
まだある! このEveryWagonは4速ATなのだが、トップにギアが入っている状態での3,000rpmでは、時速80kmが出るかどうかと云った所で、僅かでも上り勾配だと、ヘナヘナと70km位にまで落ちてしまう。

しかし、3,500rpmまで回すと様子が少し変わって来る。この辺りでターボが効いて来るのかも知れないが、今は慣らし運転中。アクセルを踏みたくなる気持ちをグッと堪えて、一番左の車線をトロトロと走っている。

さて、昔々はエンジン周りも弄くって楽しんでいたのだが、排気ガス規制が強化されて以来素人がエンジン周りに手を出すことは出来なくなってしまった。加えて日本車の場合は至れり尽くせりで、何処も触る必要はなかったし、出来るだけオリジナルの状態を保つ様にしていた。こんな状態がズーット続いていたのだが、このEveryWagonは一寸様子が違う。
マスクは目一杯ハデハデだし、ハンドルは細くて頼りない、時計はない、増してや温度計など望むべくもないetc、etc。
果たして皆さんはどうしているのかと思ったら・・・、結構弄くり倒している見たい。ワイパースイッチをTOYOTAのファンカーゴの物に取り替えただとか、フロント・グリルに手を加えただとか・・・、色々と楽しんでいる様子。

と云う訳で、小生も色々と手を入れて楽しんで見ようと思う。
いつまで楽しめるか判らないが、EveryWagonを弄くり倒すことを前提に、「車の部屋」を増築することにした。

2008年6月 1日

車の買換え

車を買い換える事にした。
今のPASSAT V6 4Mに不満があった訳ではない。輸入車にしては巷間で云われている様な不具合もなく、寧ろ、乗る程に気に入っていた。
不満点と云えば、エンジン音位。昔乗っていたGOLF VR6のモーターが回る様な音を期待していたのだが、同じV6エンジンでもこの点は期待外れだった。と云っても、決して耳障りな音ではなく、国産車にはないシットリとした良い音ではあった。
では、何故買い替えることになったのか?

実は、2年前に定年を迎えていたので、とっくの昔に毎日が日曜日を楽しんでいる筈だったが、1年毎頼まれて結局3回も延長されてしまい、現在に至っている。しかし、その延長も最後? いよいよ来年には退職することになった。詰り無職になり年金生活に入ると云うことである。

その様な所得がなくなる時期に、2回目の車検を迎え大きな額を負担しなければならないし、これまでの調子が良かっただけに、そろそろ故障が出て来る心配があった。故障した場合の部品代や工賃は、国産のものと比べて遥かに高い。部品の交換には特殊工具が必要な場合が多く、素人が簡単に手を出すことが出来ず、高いことは分かっていてもディーラーに出さざるを得ない。
要するに、金が入らない時に金喰い虫を養わなくてはならない状況になる公算が大である。

そんな事は、PASSATを購入する時に、きちんと考慮した上で決めたことであり、何を今更と云う感がある。しかし、車の使い方が予想とは一寸違っていた。
今、この車の使い方はと云うと、週一回の釣りが中心で殆どが一人乗車である。家族と同乗する時と云えば、年に2-3回の墓参り位なものであろうか・・・。

高額な維持費に比べて利用度が低いことが買換えを考える切っ掛けであった。
買換えるに当たって候補車は何?
PASSATの使い方から云って、これは当然釣行が中心となるので釣り道具を積み込めなければならない。更に加えて維持費が激安でなければ、買換えを検討する意味がない。と云うことから、軽四輪のミニバンが最有力候補となった。所が、値段をチェックするとこれが意外に高い。1,400千円から1,700千円もする。小型が充分に狙える額である。
これに反して、売却すべきPASSATの値段が予想以上に低い。最近のガソリン価格の急騰を受けて、燃費の悪い輸入車の中古車相場が下がっているのが理由の様だが、車買取店のガリバーに見せると、何と1,000千円だと云う。謳い文句である高額買取を信じていた訳ではないが、これには参った。

5月の中旬に、思いついて会社帰りにスズキに立ち寄って、下取り価格を出して貰うと、5月中を条件に1,200千円で取って呉れると云う。
車としてはダイハツのATRAIに興味があったが、ダイハツの販売店にATRAIの中古車についての照会メールを入れても、音沙汰もなかったので、その時点でダイハツは落選としていた。
と云うこともあって、スズキのEVERY WAGONに決め本格的に交渉に入った。

車両代に諸々の税金や手数料などに加えてナビを付けると、総額は約1,900千円。
この様な高額の買い物をするに、当然のことながら、我が家の大蔵大臣の認可を得る必要がある。早速、状況を縷々説明し一旦は認可を取付けた。しかし、大蔵大臣としては、700千円もの追加出費をしても買換える必要があるのかが、引っ掛かっている様子だった。
この点は、当の本人=私も同じ思いで、幾ら将来の出費を減らすためとは云え、綺麗なスタイル、豪華な皮シート、心地良いエンジン音等を諦め、しかも、車格としては数段も下がる軽四輪にすることに多いに抵抗があった。恐らく、この時私の心の片隅に、折角好きな車に乗っているのだから乗り続けたら・・・。先の費用負担は何とかなると云って呉れるのを期待する気持ちは、正直に云ってあったと思う。しかしながら、我が大蔵大臣としては、ある意味で当然のことながら、将来の負担を軽減し、尚且つ、追加支払いも抑えたいと考えたのであろう、暗に中古車を含めた安い車を提案する様な発言をして来た。
かくして、スズキとの交渉は一旦ご破算にした。

スズキの云う期限ギリギリの31日の土曜日の夕方になって、本格的な価格交渉はしていなかったので、何処まで値切れるかやって見ようと考え、17:00頃に出向いた。
交渉の結果、こちらの希望通りのナビやETCをセットした出来上がり価格を10万円引下げる条件が出て来た。一方、下取り価格の方は、6月以降のガソリン価格の大幅上昇を背景に輸入中古車の相場が崩れており寧ろ下げて欲しいとの言葉に納得出来るものがあったので、10万円値引きを持ち帰った。つまり、追加支払いは60万円となった訳である。

まぁ、考え方は色々とあるだろうが、180万円の軽四輪と思わずに、60万円の軽だと思うことも可能ではないだろうか? PASSATには残債はなくその支払いは既に過去の出来事なのだから・・・。

翌日の日曜日、10:00にPASSATを引渡すため販売店に赴き、最終の詰めに入った。
と云っても、価格交渉はせず、付属品などの確認。
イヨイヨ注文書が出来上がり、印鑑を押す段階になっても、何か躊躇われるものがあったし、スズキが用意して呉れたWAGON-Rに乗っても、家に帰り着いても、寂しい思いは消えなかった。

翌日の月曜日の早朝、WAGON-Rの後部のシートを全部倒して釣り道具を積み込んで釣りに出掛けた。
先ず、出足が悪い、シートの座り心地が良くない・・・・・。悪い所ばかりが目に付いて仕方がなかった。しかし、不思議なもので、釣の帰りには、これはこれで良かったと思える様になって来たし、今では新しいEVERY WAGONの納車を楽しみに思えるようになって来た。

2007年4月21日

二輪免許

今、二輪免許を取ろうと考えている。

何故、この歳になって二輪免許なのか?
釣行に便利と云うのが直接の動機である。

先ず、漁港付近は道幅が狭い所が多いことに加えて駐車スペースも少ない所が大部分である。従って、駐車スペースを確保するために前の晩から出発することも多い。
次に、ガソリン代や道路代が安く上げられる。
人生は皮肉なもので、金に余裕のある壮年期は仕事が忙しくて時間がない、仕事から解放され時間に余裕が生まれる老齢期には金に余裕がなくなると昔からよく云われている。つまり、老齢期は、入るを図ることは出来ないのであるから、出るを人一倍制しなければやって行けないことになる。

小生は団塊の世代人ではないけれど、来年には毎日が日曜日の身分となる。漸く束縛から逃れ、時間はたっぷりと手に入れることが出来、残された人生を謳歌しようと楽しみにしているのに、ガソリン代や道路代、駐車料金などが気になって、釣行回数を減らさなければならないのは、何とも悲しいことではないか?
40年近くもの間、愚痴も云わずにサラリーマンを続けて来たのだから、人生の終盤は好きなことを存分にやっても、バチは当らないのではないか?
しかも、体の自由がある程度残っているこれからの10年位のものである。
これを贅沢と云うのだろうか?

実は小生が自動車運転免許を取得したのは今から40年以上も昔のことである。当時の免許は二輪も四輪も関係なく今で云う普通自動車以下は運転資格があった。従って、敢えて二輪免許を取る必要はない筈なのだが、仕事の関係で29歳の時に海外駐在となり、5年後の34歳の時に帰国した。
その際の日本の免許と彼の地の免許との切替は、国際運転免許を仲立ちとして行った。つまり、
(1)日本の免許 ⇒ 国際免許 ⇒ 海外現地の免許 ⇒ 国際免許 ⇒ (2)日本の免許
の流れを辿った。
ここで問題なのが、(1)(2)の免許証の内容と云うか、運転資格が違ってしまったことである。
何故、運転資格が変わってしまったのか?
それは、海外赴任中に、日本の運転免許制度が大きく変わったしまったことが原因である。それまでは大雑把であった運転資格の区分が変更され、四輪と二輪が分けられたのである。
海外勤務が無ければ当然(1)の免許証を使い続けていた筈であるし、免許制度が変わろうと既得権として二輪も運転出来たのである。所が、帰国して手にした(2)の免許証は、普通四輪、軽自動車、原付しか運転出来ないものになっていた。

切替に際しては、パスポートの他、(1)の免許証、海外現地の免許証、国際免許証を提示し、色々と事情を説明した。しかし、当局の説明は、(1)の免許証は更新されなかったので、既に失効している。一方、(2)の免許証は、全く新規に交付された免許であり、運転資格も新しい道路交通法に基づくものである。実技試験や筆記試験がないのは、国際免許からの切替であるので、免除されただけとの説明であった。
その当時は、二輪を運転する気は余り無かったので、割り切れなさは残ったものの引き下がった。

と、まぁ、こう云う訳で二輪免許が必要なのだが、今取得しようとしているのは、400ccまで運転可能な普通二輪である。実際に購入しようと考えているのは、250ccの所謂ビッグ・スクーターである。これならば高速道路の走行が出来るし、燃費も良い。車検の必要もないので、経費面はかなりの節約が出来る。難点は、雨と寒さだろうが、時間がたっぷりあるのだから、何も条件の悪い時に釣行することもない。

しかし、家族は「危険だから」と云う理由で反対している。
四輪は、危険ではないのだろうか?
自転車は?

さぁ、家族の反対を押し切ってでも、二輪免許を手に入れるか・・・・、思案中である。

2007年4月11日

迷惑コメント

この所、迷惑コメントが多数貼り付けられていて、文字通り迷惑千万この上なしである。

ブログで道楽の部屋を開設する以前のことだが、自分のHPにメール・アドレスを公開したことがあった。部屋に来て頂いた方々とのコミュニケーションを取るのが目的だったが、その様なメールは殆ど寄せられることがなく、替わりに、迷惑メールの嵐に遭遇したので、慌ててアドレスを非公開にした。

その後、この男の道楽の部屋をMovableTypeのブログ版に移植した。
その際にも迷惑トラック・バックで悩まされたことがあった。そのトラック・バックも、所謂、H系のもので、元々あるとは云えない様な品位だが、これ以上下がるのも厭だったので、不本意ながら、トラック・バックを受け付けない設定をしてシャット・アウトした。
その結果、善意でトラック・バックを貼りたいと思われる方には、ご迷惑をお掛けすることになった。只、小生のこんなブログにトラック・バックを貼ろうとなさる方は、事実上殆どないに等しい故、実害はなかっただろうと思う。だが、トラック・バックと云う便利な機能が使えなくなったことは確かなことだ。

で、問題は迷惑コメントである。MovableTypeではコメントをシャット・アウトする機能もあるのだが、コメントを受け付けなくする設定は、ブログの趣旨に反するし、道楽の部屋に来て頂いた方とのコミュニケーションを取る場としても、コメントを付けられなくする設定はする積りはない。
そこで、もう一つの機能である迷惑コメントの設定をしている。この機能を使って迷惑コメントとしてマークを付けると、次回コメントが付けられた時にその発信人から迷惑コメントかどうかの自動的に判定するとのことだが、敵も去るものでそのゲートを掻い潜って来る。
そこで、最近では、最低限、一日一回は駆除する様にはしているが、イタチとタヌキの追い駆けっこ状態で限がない。この部屋に来て頂いている方々に迷惑が及んではいないかと、気になって仕方がない。
世の中には、迷惑メールを大量に送りつけたり、この様な迷惑コメントを貼り付けたりしてニヤついている輩が大勢いるようだが、凡人の小生には何を目的にこんな非生産的なことをするのか、理解が出来ない。

この様な才能を生産的なことに振り向けて呉れれば、と願うのは小生ばかりではないだろう。

2007年1月24日

地球の温暖化

今年は暖冬だと云われている。
確かに、今冬は夜釣りをしていても、寒くて我慢が出来ないって云う状況にはなったことがない。真冬だからそれなりの防寒対策はとっているが、昨年とそれ程変わったはいない。にも拘らず、場合によっては、少し汗ばんで仕方がないこともある。
もう少しレンジを長く取って子どもの頃を思い起こして見ると、この東京でも、今よりもズット雪が降ることが多かったし、北風が冷たくて仕方がないことが多かった様に思う。
これも地球温暖化の影響だろうか?

小生自身のボーズ連続記録は別として、今冬は、三浦でも伊豆でも、少なくとも小生の行動半径内の釣り場でのアオリ釣果は余り芳しくはない様だ。WEB等を見回っていると、結構釣果を上げている人もいる様だから、ムラが大きい、あるいは、安定していないと云った方が正しいのかも知れない。これなんかも、ひょっとして、温暖化の影響があるのだろうか?

所で、地球温暖化と云えば、我々が排出する二酸化炭素などの温室効果ガスの増加が原因であり、その削減が全地球的な課題であるかの様に云われている。このまま温暖化が続けば極地の氷が融け出し、海水面が上昇、気候変動、洪水・旱魃など我々の生活に重大な影響があり云々と、温暖化が悪い物の様に云われている。

この二酸化炭素犯人説に、真っ向から異を唱えている東京工業大学 理学部地球惑星科学教室の丸山茂徳教授をご存知だろうか?
この教授の説は、http://www.moriyama.com/netscience/Maruyama_Shigenori/に紹介されているので、そちらをご覧頂きたいが、簡単に云うと、全地球史の観点から現在を見ると、我々がいる現代は寒冷化に向かっている途中にあるらしい。人類は産業革命以降、化石燃料を焚いて二酸化炭素の排出量を増やして来たが、それによる効果は、地球の寒冷化に少しだけ抵抗しているに過ぎず、二酸化炭素の増加がなければ気温は急降下していただろう、と云うもの。地球の気温変動は、20年で10数度も変化した時もあった程、実は非常に振幅が大きくて、最近の1万年間は異常な位に気温が安定していた。人類の歴史はこの安定期にあるので、少し気温があがっただけでも異常気象だと騒いでいるに過ぎない。
気候変動を考える場合は、時間と空間のスケールを大きく取らないと、本質を見誤ってしまう。

なる程、今盛んに唱えられている温室効果ガスの犯人説は、ひょっとすると木を見て森を見ていないのかも知れない。
結論は、どちらにしても小生の生きている間には出されることはないだろうが、知りたいものである。

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